ゴンドワナ各地の地質と岩石

ネパールヒマラヤ
Nepal Himalayas

ネパールヒマラヤ

垂直の国ネパール ヒマラヤマナスル連峰

ヒマラヤは高い。日本の山は丸1日も歩くとたいてい頂上は足の下になるが、1日1000m以上を登り下って10日間歩き続け、やっとたどり着いたベースキャンプのはるか頭上4000mに圧倒的なスケールでそびえている。ヒマラヤの地質調査は、大渓谷にそった細い道をたどって尾根を登り支谷を渡り、現地の村々で手に入れた粗末な飯を食って1ヶ月のテント暮らしが続く。だんだん重くなる荷物をいやがるポーターをなだめながら人の背で運んだサンプルを、なんで捨てられようか。

ヒマラヤの調査:1980年当時歩くしかなかった。
ヒマラヤの調査:1980年当時歩くしかなかった。少し山に入ると今も変わらない
深い渓谷をへだてて立つ人家
深い渓谷をへだてて立つ人家。なんであんな所に、どうやっていくんだろう?
壮烈な段々畑

壮烈な段々畑。人々の営々辛苦のたまもの。しかし町に出る人が増えると、やがて荒廃し、山地の崩壊が加速する。
ヒマラヤの土砂流出は下流のガンジス平原にすむ数億の民に災害をもたらす。地球規模の環境問題である。

インド楯状地の北、ガンジス平原の彼方にそびえる白雪頂く大ヒマラヤは、まさに神々のおわすところにふさわしい。およそ2億年前、ゴンドワナの分裂に伴って北上したインド陸塊は、新第三紀にアジア大陸と衝突してヒマラヤを生じた。大陸が集合して超大陸を形成する際には、境界に衝突型の造山帯ができるという。ヒマラヤはゴンドワナのもう一つの顔であるといえるだろう。

ヒマラヤ造山運動の範囲は中国南部から中央アジアに及ぶが、ヒマラヤ山脈の範囲としては、地理的に顕著な境界で区切って、東をインド東端のブラマプトラ川の大屈曲、西をインダスの峡谷としておこう。その間2300km余、ネパールヒマラヤはその中央部の1/3を占め、もっとも高峰の集中する核心地帯である。

ヒマラヤを流れる大河川は、チベット高原に源を発して8000mの巨峰を連ねた主稜線を横断し、高度差5000mの大渓谷を形成する。分水嶺は主稜線ではなく背後のチベット高原にある。ここでは山脈の上昇力より河川の浸食力が優っている。ところが南下した河川は、前縁山地(Mahabharat Lekh)に行く手を遮られ、西へ東へ流路を変えている。前縁山地は大した高度ではないのに(それでも2-3000mある)、侵食より上昇速度の方が速いのである。これは山脈のでき方を暗示する(目崎,1988)。

ヒマラヤは、山脈と並行する地質体よりなる(cf. Hashimoto et al., 1973)。主境界断層(MBF:Main Boundary Fault)の南側がSiwalik丘陵で、新第三系~第四系の砂泥層や礫層からなる。山脈本体の中腹部には主中央衝上断層(MCT:Main Central Thrust)があり、MBFとMCTの間をMidland(あるいはLesser Himalayas)といい、MCTの北がGreat Himalayas(Higher Himalayas)である。Midlandは、主として原生代末~古生代の砂岩・泥岩と石灰岩・珪岩を挟む地層からなり、弱変成(緑色片岩相低度)しているのでMidland meta-sedimentという。MBFに沿ってMidland帯の南縁には、狭い範囲で変成度が上昇し、地質図で見ると中央部にレンズ状の花崗岩体が分布する帯状の地帯(Mahabharat zone)がある。カトマンズの北側には、もう一帯花崗岩の貫入と片麻岩の分布する地帯があり、Sheopuri zoneとよばれる。

MCTは1枚の断層ではなく、かなりの幅を持った断層帯MCT-zoneをなす。ここでは変成度が上がり、結晶片岩と特徴的に眼球状の長石を含むmylonite質の眼球片麻岩からなる。結晶片岩にはstauroliteやkyaniteが含まれる。眼球片麻岩は、断続的ではあるがヒマラヤの全領域にわたって出現する。

MCTの眼球片麻岩
MCTの眼球片麻岩
ネパールの寺には大きな目玉が描かれている
“仏陀は慈悲の眼を持て衆生を見守りたもう”:ネパールの寺には大きな目玉が描かれている。おおなんと石にまで仏陀の眼が!
主中央衝上断層帯の眼球片麻岩,82H627

MCTの北側はKyaniteを含む片麻岩帯(Himalayan gneiss)となり、高峰に近づくにつれて一部融けたようなmigmatiteや黒い鉛筆の芯のような電気石を含む優白質の花崗岩が現れる。この部分にも眼球片麻岩が出現し、長径50cmを超すような巨大なカリ長石結晶を含むことがある。さらに北側は、チベットテーチス層群の堆積岩層となる。エベレスト山腹の巨大な崖には、電気石花崗岩が網目のように貫入している様子が遠望できる。

MCTを境に、北側の地質体が南側にのし上げる(逆に南側がもぐりこむ)ような運動をしている。 Himalayan gneissからは、20億年を超える古い年代と2000~1500万年の新しい年代が知られている。新しい年代は電気石花崗岩の年代と一致する。ヒマラヤの基盤は、もともとインド楯状地の先カンブリア系であり、その一部が大陸衝突の際に新たな造山運動に巻き込まれ、再変成したと考えられる。電気石花崗岩はその時、一部が溶けて花崗岩マグマとして貫入したものである。また眼球片麻岩は、基本的に衝上断層帯に貫入した花崗岩が、種々の程度に変形しながら固結あるいは再結晶したものと考えられる(Kano,1984; 加納,1988)。

著者のヒマラヤ調査は以下に示す4回であるが、中でも当時琉球大学の木崎甲子郎教授によるヒマラヤの上昇に関する学術調査(略してCMH80, CMH82:木崎, 1988)に参加させて頂いたことにより、系統的な調査と試料採集が格段に進展した。

  • 1970年 日本山岳会東海支部マカルー学術遠征隊(学術隊)Central-East Nepal Himalayas, Sheopuri-Mahabharat zone
  • 1980年(CMH80)Central Nepal Himalayas (cf. Kano, 1982)
  • 1982年(CMH82)East and West Nepal Himalayas (cf. Kano, 1984)
  • 1996年 Central-East Nepal Himalayas、 Sheopuri-Mahabharat zone

参考文献

  • Hashimoto, S.supervised, Ohta, Y. and Akiba, C. eds. (1973) Geology of the Nepal Himalayas. Saikon Publishing, 286p.
  • 加納 隆(Kano, T.)(1988)主中央衝上断層帯と眼球片麻岩.上昇するヒマラヤ,58-63.木崎甲子郎編,築地書館.
  • Kano, T.(1982) Geology and structure of the main central thrust zone of the Annapurna range, central Nepal Himalayas. Jour. Nepal Geol. Soc. 2 special issue, 31-50.
  • Kano, T.(1984) Occurrence of augen gneisses in the Nepal Himalays. Jour. Nepal Geol. Soc. 4 special issue, 121-139.
  • 木崎甲子郎(Kizaki, K.)編著(1988)上昇するヒマラヤ.築地書館,214p.
  • 目崎茂和(Mezaki, S.)(1988)河川とヒマラヤ形成.上昇するヒマラヤ,152-165.木崎甲子郎編,築地書館.
ヒマラヤの春

ヒマラヤの春:全山満開のシャクナゲ林のかなた、春霞に浮かぶダウラギリ連山。
夢のような風景の中にまた帰ってきた(2012年4月写す)。

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